スタッフ紹介


院長プロフィール


プロフィール

皆さん、こんにちは。
緑橋骨盤サポートセンター(しらひげ鍼灸院)の白髭勝博と申します。
8年前にこの緑橋で治療院を開業して皆様の健康のサポートをさせて頂いています。が、まだまだ認知度が低い様に思います。また、皆さまの大切な身体を診させて頂くには信頼関係がとても大切だと考えています。

そこで、私の人物像や仕事に対する想いなどを知って頂きたいと思いご紹介させて頂きます。


第一章  〜幼少期から小学生〜

幼少期

1980(昭和55)年生まれ(世間でいう松坂世代です)

兵庫県丹波市の畳材料卸業を営む家の三男として生まれました。3800gと産まれつき身体が大きく、また、丹波の大自然と豊富な食べ物ですくすくと育ち幼少の頃から身体が大きく、身長順では常に一番後ろでした。

小学校2年生の時に兄の影響で柔道を始め、身体が大きかったのもあり地域の大会ではよく入賞していました。稽古中の怪我で整骨院に通うことがあり、この頃から整骨院の仕事を知っていて「整骨院先生になる」・「柔道の先生になる」が小さい頃からの夢でした。

中学校では柔道部が無く、また思春期で少しは痩せたいと思いバスケットボール部に入部し、よく走ったにも関わらず中学3年生の時には体重が100㎏もありました。


第二章  〜柔道に明け暮れた中学、高校時代〜

柔道

中学校3年生で177㎝100㎏と恵まれた体格で幼少の頃から続けていた柔道をもっと本格的にしたいと思い、京都府福知山市の高校に進学しました。

当時、京都府で常に3、4番手の成績の学校で「全国大会出場」を目標に毎日、必死で稽古し、全国各地に遠征にも行きました。

2年生の時に創部以来、初めて団体戦での全国大会出場を果たしました。残念ながら私は団体戦メンバーではなかったのですが、チームに貢献できた事を誇りに思っています。また親元を離れ監督の先生の家に下宿し仲間と共に生活した事がとてもいい経験でした。

高校の柔道生活では骨折や靭帯損傷など大きな怪我をする事も多く、治療や身体をケアをすることの大切さを感じ「痛みで困っている人の身体を治したい」という思いが強くなり卒業後、大阪の行岡整復専門学校に進学しました。

昼間は整骨院で研修、夜は専門学校で勉強し3年後に国家資格を取得しました。
その後、鍼灸の資格も取得したいと思い同じ様に3年間、専門学校に通い資格を取得しました。

高校時代は柔道一筋であまり勉強しておらず専門学校時代はとても苦労しましたが「自分の施術所を持ちたい」との強い思いと、実際の現場で患者さんの「笑顔」に触れると早く一人前になりたいとの思いで難しい勉強も頑張れました。

国家資格取得後も開業に向けて日々、勉強し平成20年4月にこの緑橋で開業しました。

第三章 〜治療家として〜

平成20年4月、27歳でこの緑橋の地に「多くの痛みで困っている人を助けたい」、「笑顔になってもらいたい」との思いで治療院を開業しました。

私は18歳の時にこの業界に入り、9年間の研修経験を経て27歳の時に独立開業し、地域の皆さまの健康に携わさせて頂いているのですが、
「病院の検査では異常が無いと言われた・・・。でも痛い」
「もうお薬や注射に頼りたくない」
「どこも同じだ。この痛みと一生付き合っていくしかないと 
 諦めている」
との声をたくさん聞きました。

私が求められることは「痛みのない元気な体!」。患者様に喜んでもらうこと、笑顔になってもらうことが私たち治療院の本来の役目です。私は決意しました。簡単なマッサージや整体、お薬や注射などでは改善しない症状が深い方の力になろうと。

患者様と二人三脚で症状に向き合うことで症状が改善すると「旅行に行けたわ」「お薬を飲んでないねん」「楽に歩けるようになったわ」と笑顔で言って頂いた
時は最高です。これからも一人でも多く
の方に「笑顔」になって頂ける様に日々精進していきます。

最後まで読んで頂き有難うございました。




スタッフプロフィール


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管理栄養士 庵森啓子(あんもり けいこ)

私は大阪府堺市で生まれ、田畑に囲まれて育ちました。幼いころから物作りや植物の栽培が好きでした。好奇心旺盛で兄の影響もあり、器械体操や書道、ピアノ、英会話などを習い、活発な幼少時代を過ごしました。
私が管理栄養士を目指したきっかけは、食べることが好きだったこと以上に、自分の周りの人を健康にできると思ったからです。大学時代は、料理講習会や貧血教室、食品工場見学などのイベントを盛り上げ、少しでも多くの学生に健康の意識を高めてもらうために活動を行っていました。在学中に女子大学生の食生活についてまとめ、栄養改善研究発表会で発表し奨励賞を受賞したこともありました。また、いろいろな経験がしたいと思い、アルバイトで塾講師や和食料理店での調理、ケーキ屋での接客、保健所栄養士の補助などを経験し、充実した大学生活を送っていました。さらに、体だけでなく、心も癒す管理栄養士でありたいと考え、アロマテラピーアドバイザーの資格を取得しました。そして、卒業研究で、障害があって食事が食べられなかった子どもに、食事が食べられるように介入したことで様々な成長が見られ、子どもの成長には食事が大きく関わっていることを学び、子どもの成長に携わる仕事がしたいと考えるようになりました。

大学卒業後、管理栄養士になったからには病院で経験を積みたいと考え、病院栄養士の道に進みました。グループ病院に就職し、配属されたのは高齢者ばかりの1000床弱の病院でした。病院の管理栄養士として意気込んでいましたが、寝たきりで口から食べる機能が正常に働かない経管栄養(胃瘻や鼻からチューブで栄養剤を入れて栄養を摂取する方法)の患者さんが多く、憤りを感じると同時に、寝たきりにならないためには予防が必要であることを考え始めました。ちょうどその頃、大学時代に実習をさせていただいた病院から連絡があり、転職することにしました。2つ目の職場は、障害のある子どもや特別な管理が必要な妊婦さんが入院するような病院で、ハードながらも尊敬する上司のもとで栄養の基本となる考えを学ばせていただきました。そして、妊婦の栄養指導をする中で、出産前の女性の栄養状態がとても重要であることを確信しました。その後、ご縁があり大阪市内の小児病院へ転職することになりました。3つ目の職場は、乳幼児の急性期病院で入退院の回転が早い病院でした。短い入院期間中に成長が乏しい子どもや食生活に問題のある子どもなどを見つけ出し、お母さんに離乳食や偏食のアドバイスを行っていました。心理士や保育士と連携することも多く、子どもの成長発達に応じた関わりについて学びました。

3つの病院(高齢期・周産期・小児期)を経験したからこそ伝えられることがあります。今までに栄養指導をしてきた中で、危険なダイエットをしている思春期の女の子や、偏った食生活をして貧血や肥満になっている子どもやお母さんなど、たくさんの症例を経験してきました。そして、正しい食事の知識がないために健康を害している人が多いことに気づきました。人類の長い歴史の中、この100年だけで、食生活は激変しています。食べ物があふれて自由に選択できる時代だからこそ、正しい知識が必要です。現在、一般的に栄養指導を受けるのは、病気になってからの場合がほとんどです。病気になってからは厳密な食事制限が必要になったり、場合によっては口から食べられなくなることもあります。そうならないように病気になる前からの予防が重要です。食事は当たり前のこと過ぎて、特に困っていることがなければアドバイスを受けてみようという事もないと思います。しかし、食べたもので体が作られるため、日々の食事の積み重ねはとても大切です。
「健康」をテーマに「食事」からサポートさせて頂きます。

🌼 保有資格
管理栄養士
日本フードスペシャリスト協会認定 フードスペシャリスト
社団法人日本アロマ環境協会認定 アロマテラピーアドバイザー

🌼 実績
活動
農林水産省補助事業食育実践補助推進事業に参加
シニア野菜ソムリエと『身体の中からキラキラプロジェクト』を主催
その他、運動教室や進学塾にて子どもの栄養について講演

発表
兵庫県栄養改善研究発表会
日本小児栄養消化器肝臓学会
日本小児保健学会






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セラピスト 白髭朱美 (しらひげあけみ)
昭和56年  
兵庫県 尼崎市で前田家の長女として生まれました。

子供の頃は活発に外で遊ぶ方ではなく、2歳下の妹と人形遊びやぬり絵などをして遊んでいました。
お人形の髪の毛を編んだり 髪形を変えるつもりで切ったりして怒られたこともありました。その頃から、細かい作業やキレイにしてあげる事が好きだったように思います
その後も大きなケガや病気もせず あまり手がかからない子だったみたいです。

学生時代は運動がまったく出来ず苦手で体育の授業がある日はいつも朝から憂うつでした…なので、部活動はせず、学校帰りに友達と公園でしゃべったりすることがとても楽しい時間でした。
その頃はアルバイトも楽しくて「ソフトクリームが巻きたい」それだけの理由で入ったアルバイトもありました。
人と接する事が好きだったのでほとんどが飲食店でのアルバイトで、19歳の時に大阪 梅田の中華料理店で働きだし、31歳まで勤めた職場は失敗や学ぶことやたくさんの経験をさせてもらった大事な場所です。

30歳の時に結婚し、33歳で長男を出産。
初めての子育ては分からないことばかりで、奮闘していましたが 毎日新しい発見と成長があってあっという間に過ぎていく日々でした。
それと同時に 子育てと仕事の両立の難しさも感じていました。
仕事は責任を持って働きたい。でも小さいうちは 熱がでて保育園にお迎えに行くこともよくあるし、家族との時間も大事にしたい。
そう悩んでいた時に、エステシャンとして働く話があり、美容のことには興味があったので
自分で頑張ってみようと決心しました。

私自身、毎日バタバタ過ぎていってちゃんと鏡すら見ていませんでした。
子供がいても 時間がなくても キレイになりたい!!
子供に「キレイなお母さん」と思ってもらいたい!!
そんな 同じ思いをされている方に 元気になれる キレイになれる 癒せる場所を作りたいと思っています。

私どもはお約束いたします

  • 当院は施術を通じて多くの人の健康をサポートする場所です。「健康」とは心身共に良い状態と定義されており、心身共に良い状態だと自然と笑顔になると考え患者さんの「笑顔」を追求します。
  • 当院で働く全ての人は健康をサポートするプロであり、患者さんに健康にそして心から喜んで頂ける様にあらゆる技術の向上に励みます。
     
  • 当院では患者さん一人ひとりに自分の家族や大切な人と接する様な気持ちで施術や対応をします。
  • 自分ひとりで生きているのではなく多くの方に支えられて生きていることに感謝します。
  • 「多くの方」とはパートナーであり患者さん・スタッフ・地域の方・協力会社・家族など当院に関わる全ての人のことで、その方たちとのコミュニケーションを大切にし、そして一緒に成長、発展していきます。

    ~笑顔の創造~

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治療家の推薦


むねさわ接骨院 院長 宗澤健正先生

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岡山県井原市で整骨院を経営している宗澤と申します。

身体の痛みでお困りの方には緑橋骨盤サポートセンターをお勧めいたします。

白髭先生は骨盤と関節の動きにフォーカスした検査でしっかりと痛みの原因を

見つけ出し確実に根治へと導く治療技術は専門家の私も思わずうなります。

温和な性格でありながら強い治療への想いと高い治療技術を兼ね備えた白髭先生は私の

尊敬している治療家です。そんな白髭先生は最適な選択肢・治療を提供し、分かりやす

い説明の下、常に患者さんと同じ目線で話して下さいます。

今まで、整形外科や整骨院、整体、マッサージなどいろいろなところに

通ったけど改善がみられなかった方。もし、あなたが本当に良くなりたいと望むのであ

れば、ぜひ白髭先生を訪ねてみてください。きっとあなたの力になってくれます。




天堀鍼灸整骨院 院長 天堀恵太先生 

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「患者さんのことを本気で考えて言ってくれます」

私は白髭先生の施術や指導されているところを何度も見学させて頂いています。
まず驚かされるのが一人一人に対応、接し方、言葉遣いが違うことです。
それは本気で患者さんのことを考えている白髭先生だからこそ、その人にとって一番良い対応をされているのだと思います。
そして何より緻密な理論に基づいた施術は圧巻の一言です。今、何をされていたのですかと聞かなければ分からないほど繊細な施術をされ、重症な患者さんを助けられています。
本気で治したいと考えている方はぜひ一度白髭先生に診てもらってはいかがでしょうか。




大黒整骨院  院長 大黒充晴先生 

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枚方市で整骨院をしている大黒と申します。

白髭先生とは、治療技術の勉強会で知り合いました。共に学んで行く中での白髭先生の

印象は、治療技術を今よりも、もっと向上させたいという意欲がすごく伝わってきて、

いつも真剣に、真面目に、コツコツと成長されている姿にいつも尊敬しています。白髭

先生に体を預けたら、いい加減な治療をすることはあり得ません。

必ず今の体の悩みを改善してくれるはずです。

ぜひ一度、白髭先生の治療を受けてほしいと思います。